水うちわという名前は、水のように透明な見た目や、舟遊びの際に長良川の水につけてあおいだという、かつての風習から生まれたそうです。
『 水うちわ職人 』
家田紙工
美濃手すき和紙職人/コルソヤード ( 倉田真さん ・ 澤木健司さん )
絵付け職人/家田忠幸さん うちわ貼り職人/浅野貴徳さん
天然ニス職人/久世敏康さん
ハスの葉が浮かぶ池の金魚をそのままうちわにとじこめたような、ツルンと透きとおる水うちわ。竹の骨にピンとはられているガラスのような素材は、なんと手すきの美濃和紙です。
えっ!とおどろく新鮮な透明感ですが、岐阜に古くから伝わる伝統工芸品だと知るといっそうおどろかずにはいられません。
川の水にかるくつけてあおぐ、という遊び心のあるつかい方も水うちわの風流な特徴です。ささやかに飛んでくる水しぶきをひんやり楽しむ。そんな情景を想像するだけで涼やかな川の風が吹いてくるようです。
水うちわは岐阜の和紙メーカー・家田紙工で生まれました。生産が途絶えてしまった伝統品の水うちわを復活させよう、という地元の若者の活動を家田紙工の社長・家田学さんや、ディレクター・古田菜穂子さんがバックアップ。3年前、ついに新たな水うちわが誕生しました。
水うちわ作りにはたくさんの工程があります。和紙をすき、その紙に絵を付け、絵の付いた紙をうちわ骨に貼り、天然ニスで仕上げる。それぞれの工程で、それぞれの職人たちが「透明になる魔法」をかけていきます。今回の「一点こだわり主義」では古田さんと水うちわをつくる職人のみなさんにお話を伺いました。
あおいで水滴を飛ばし、その気化熱で涼む。水うちわならではの風流な使い方です。長い時間、水につけておくとニスが白濁してしまうので、しまうときは軽くふきとって。
「幻の雁皮(がんぴ)紙」。水うちわにはそう呼ばれる和紙が貼られています。
本物の水うちわをつくるには「この雁皮紙の復活がどうしても必要でした」と古田さんはふりかえります。
雁皮紙とは雁皮という植物の皮からつくる手すきの美濃和紙のこと。和紙の材料としてよく知られるコウゾよりもさらに繊維がほそいので、強くて薄く透きとおった和紙をつくることができます。
すでに極薄の雁皮紙がつくられなくなっていた美濃で、この幻の和紙を復活させたのが手すき和紙職人の若手ユニット、コルソヤードの倉田真さんと澤木健司さんでした。
かつて雁皮紙をすいたことがあるというベテランの紙すき職人たちに話を聞きながら二人は過去の技術を耳で学び、経験と勘をたよりに雁皮紙をよみがえらせていきました。
絶妙な薄さと強さをもつコルソヤードの雁皮紙。国産の良質な雁皮を手に入れることも重要な彼らの仕事です。それだけ貴重な原料なのですね。
水のように澄みきった雁皮紙づくりには何時間もかけて原料のチリ取りをする下準備がかかせません。一週間ほど水につけた無農薬の雁皮を大きな釜で煮たあと、冷たい水のなかに入れて小さなチリをひとつずつ手でとっていきます。
「ふたりがかりで二週間ちかくチリ取りをすることもあります」とコルソヤードのふたりはいいます。漂白剤をつかえば簡単かもしれませんが、化学薬品をつかうと原料の繊維をいためるうえに、水うちわに必要な紙の強度が損なわれてしまいます。それに「手でとったほうがチリ取りの精度も高いんですよ」。
「20代だから目が抜群にいいんですよね」と古田さんがほほえむように、雁皮紙のピュアな透明感はコルソヤードの完璧なチリ取り作業とみずみずしい技術力から生まれています。昔の水うちわよりいまの作品のほうが透明度はずっと進化しています。
みたこともなかった水うちわの紙づくりに挑戦し、いまでは「あのきれいな水うちわというカタチになることを想像しながら、その原紙をすくという自分たちの仕事に誇りをもってとりくめるようになりました」とコルソヤードのふたりはいいます。
光を通すときにもっとも美しくみえる立体的な絵柄は、刷り込み、付き判、ステンシルなどの技法を駆使して生まれています。1本6800円から。
水うちわに描かれている粋なデザインは家田紙工が明治時代からストックしてきた絵柄などから選んだものです。膨大なコレクションには初夏や晩夏といった繊細な日本の夏が保存されています。
「水うちわの透明感を生かすには絵付けの色を鮮やかに、でもあまり主張しすぎないように色を出すことがたいせつだと思います」と絵付け職人の家田忠幸さんはいいます。
新作の鮮やかな紅色のアザミは絵柄がとても小さいため刷毛で自然にぼかすのが大変だったそうです。「刷毛をつかっていると思わせないところも絵付け職人のこだわりどころですよ」。
このアザミの絵は、岐阜ちょうちんの絵付けの技法をそのまま利用したもので、かつて大正時代に制作された水うちわにも同じ形の刷毛をつかって制作されたものが存在しているそうです。「そういう意味では、この絵付けの技法そのものに岐阜らしさがつまっていると思います」。
昔から美しい色絵のついた岐阜ちょうちんは人々を魅了してきました。美濃和紙をとおして岐阜ちょうちんや和紙あかりと向きあってきた古田さんは、「人には透けてみえるものへの欲望がある」といいます。岐阜の伝統がつちかってきた「光を通すときにもっとも美しくみえるデザイン」は、まるで夏の情景を水面に写しているかのような水うちわのたたずまいにも生きています。
うちわ骨には1年のうちで「2月に採った竹」だけを使います。竹の中の空気の入り具合がちょうどいい、というのがその理由。こだわりの竹骨です。
水うちわの透明感はうちわ貼り職人の指先からもひきだされていきます。
「水うちわは透明なために仕事のすべてが透けてみえてしまうのですよ」とうちわ貼り職人の浅野貴徳さんはいいます。「ですから、うちわ骨の間隔や数などにもとくに気を配っています」。
ふつう、うちわの多くは紙と骨だけをくっつける「袋貼り」という手法を用いてつくられますが、透明感が命の水うちわでは雁皮紙と竹骨の間に空気が入らないように全体をぴったりと貼っていきます。この技術が気泡のない透明感を生んでいます。
水うちわは日常の中の美ですから「透明できれいなだけでなく、できる範囲内で軽さと“しなり”がでるようにもしています」と浅野さんはいいます。使うからこそ命がある。道具としての使命も果たせるように浅野さんは水うちわを1枚1枚ていねいに貼っています。
うちわに塗られた天然ニスは、世界的に有名なバイオリンやマーブルチョコレートの表面に塗られているニスと同じもの。口に入れても安全です。
たくさんの工程を経てつくられる水うちわの仕上げは天然ニスです。天然ニスを塗ると、うちわの表面に水のようなツヤが加わり、川につけても破れない耐水性が生まれます。
「和紙職人がすいた大切な雁皮紙を劣化させないためには、ニスも天然素材であるべきだ」。水うちわの復活にあたり、家田紙工ではそれまでの有機溶剤をやめて精製純度の高い天然ニスをつかうことに決めました。
ニス職人の久世敏康さんはいいます。
「天然素材はもともと自然界に存在するものですから飛びぬけた機能はもたないけれど、その反面でとくにもろい弱点もかかえこまないぶん、全方位的によい結果をもたらすのです。ようするに天然ニスは素材である和紙にも竹にも人にも優しいのです」。
天然の力はニスを乾かすときにもかかせません。天然ニスの透明性は岐阜の太陽にじっくり干されることでひきだされます。雁皮紙づくりにも天日干しは重要ですが、「どの工程にも共通しているのは雨の日は待つという姿勢です」。
岐阜の気候に身をゆだねながら水うちわはゆっくりとつくられています。
景色として眺めて涼むのも水うちわの使い方のひとつ。飾るための専用台も登場予定です。
水うちわには岐阜の自然が息づいています。
「風土ときり離せないものづくりが工芸品の文化だと思うんですよ」と古田さんはいいます。岐阜というふるさとに思いをはせる。すると、いつしか地球というふるさとにまで意識がつながっていく気がします。
「水うちわを浴衣の帯にちょいとはさんで歩けば、眺める人にも涼しいんですよね」。
自分自身が「景色としてみられる」イメージをもつと、「自分と自然がつながっていることを感じられるようにもなるんですよ」。
2年前には「値段が高いかな」と感じるお客さまが多かった水うちわも、いまではみんなの意識のなかで求められるようになってきたと古田さんは感じています。
この夏は、水うちわで涼みながら自然とつながっている自分を感じてみませんか。自然のそよ風は水うちわをあおぐあなたからもそっと起こるのです。
STAFF NO.4
谷 はるか(タニ ハルカ)/ライター
児童書・実用書の出版社から、流行もの系の雑誌社を経て、新聞社の編集部に勤務。現在はフリーライターとして雑誌、新聞、webなどで活動中です。流行もの、面白グッズ、絵本、おもちゃなどが守備範囲。「お!」または「お?」なものを探すことが得意です。
http://blog.livedoor.jp/halcon865/
STAFF NO.5
尾鷲 陽介(オワシ ヨースケ)/カメラマン
1977年生まれ。北海道名寄市出身。
美大で工業デザインを勉強後、スタジオ勤務を経て
フリーで自由に活動しています。
http://e123.sunnyday.jp