影絵のような「シルエット・オブジェ」。右からマジシャンのぶらさがった看板、グランドピアノをひく少女、機関車に石炭をくべる男、馬車を走らせる男。
「シルエット・オブジェ」
造形作家/『シルエット工場』川口喜久雄さん
夏が過ぎ、日暮れがだんだんと早くなってきました。
刻々と変化する夕日をあびて、人や景色がシルエットに変わるつかの間のひととき。日常が幻想の世界に変わる瞬間です。
造形作家・川口喜久雄さんがつくる「シルエット・オブジェ」は、そんな日常と幻想のはざまに浮かびあがってきたような影絵たちです。
かごにネコをのせて自転車をこぐ男性。マジシャンがぶらさがっているお店の看板。グランドピアノをひく少女。ノスタルジックだけれどどこかクールな影をみていると、それぞれのシルエットたちから静かな物語が聞こえてくるようです。
空間に立ちあがる立体的なシルエット。足もとにのびる影を土台にして立つ、ふしぎな影のオブジェです。
地面からまっすぐに立ったふしぎな影。影の足もとにはもうひとつの影がのびていて、本体の影を支える土台になっています。川口さんは、この立体的な影のアートを「シルエット・オブジェ」と名づけました。
「シルエット・オブジェ」の素材は厚さ0.2mmほどの金属板です。エッチングという金属を腐蝕させる技法を使って、シルエットのもとになる原画からエッチングパーツをつくります。パーツの本体と影の接点部分を直角に折り曲げると、金属のシルエットが立体的に立ちあがるようになっています。
あるとき、エッチングパーツをみていたら「なんとなく起きあがるイメージがわいてきた」という川口さん。もともと模型をつくる仕事をしていた関係で、手元にあったエッチングパーツを遊び半分に折り曲げてみたところ、「なんと影が立っちゃったのですよね!」
影が立つという不思議な感覚に「すっかりはまってしまった」川口さんは、それ以来「シルエット・オブジェ」づくりのとりこになりました。
シルエットの原画をパソコンで描きながら線をどんどん消してシンプルにしていく瞬間が一番好きという川口さん。中央は自転車をこぐ男。
「シルエット・オブジェ」は線と面で構成されたシンプルな作品です。木々の緑や白い日傘、鉄色の機関車といった色の表現はなく、さまざまなもののカタチがただ黒いシルエットになっています。
「あらゆるものの輪郭線が好きなのです」という川口さん。景色を見ていると、いつのまにか目で「愛着のある輪郭」を探してしまうといいます。
「こんなにも世の中にはいろいろな形があるのだから、シルエットを追いかけているとキリがないですよね」。そうつぶやきながら、逆光をあびて黒くみえる窓枠をついみつめてしまう川口さん。川口さんの目には世界が美しいシルエットになってみえるようです。
世界中にあふれる「もののカタチのおもしろさ」によいしれながら、川口さんは森羅万象のすがたを愛でているのかもしれません。
ケースに入った「月とネコ」。お店ではこのような状態で購入することができます。
東京・三鷹にある「三鷹の森ジブリ美術館」にも川口さんの「シルエット・オブジェ」がならんでいます。映画『となりのトトロ』にでてくるネコバスやサツキとメイをかたどったシルエットです。
ネコバスのシルエットの顔の部分には、当初「目」がありました。しかし、試作の段階で「目」をぬりつぶしてみたところ、「それまでより大人っぽい表情の影になったのですよ」と川口さんはふりかえります。
じっさい、目のないシルエットのほうが、自分の心のなかで抱く「夕暮れをかけぬけるネコバス」のイメージに、より純粋にうったえかけてくるように感じます。
顔のない影にも隠れた表情がある。むしろ、すべてがみえてしまうより、すこしつぶれて隠れているくらいのほうが「胸にジンとくるのですよ」と川口さんはいいます。
表情がはっきりわからないからこそ「シルエット・オブジェ」はみる人の心にさまざまな感傷をもたらすのかもしれません。
天体望遠鏡をのぞく男。影を下からみると、また別の世界があらわれます。
川口さんの「シルエット・オブジェ」には地下鉄、エッフェル塔、天体望遠鏡をのぞく男など、19世紀末のパリをモチーフにした作品が数多くあります。「その時代のパリのイメージが大好き」なのだそうです。
かつて人々が輝かしい科学の未来を夢みたパリ万博の時代。
「いまからみるとなつかしい未来ですよね」という川口さん。
でも、「そもそも未来というものには郷愁があると思いませんか?」
はじめてなのになつかしい。未来にはそんなふしぎな感覚があると川口さんはいいます。「未来とは人間のなかから生まれでてくるものだと思うのです。すると、もともと自分のなかにあったものとであうことにノスタルジーを感じるのかもしれませんね」
川口さんの心をとらえてはなさない「なつかしい未来」という概念。みる人にせつなさを感じさせる「シルエット・オブジェ」には、過去と未来を超越したノスタルジーがあふれています。
これまでの作品を集めて照明で照らす世界。ジオラマのような表現も構想中の川口さんです。
※今夏開催したコラボ展「ヨーロッパ幻影」の会場となったギャラリー喫茶「ゾーエー」にて撮影(東京・梅ヶ丘)。
「夕方の時刻においでください」
それしか書かれていない展覧会の招待状をもってでかけてみると、街にあふれるすべての夕景は「シルエット・オブジェ」作品でした――。
「こんな展覧会ができたらおもしろいでしょう?」と笑う川口さん。川口さんが空想する、ちょっといたずらな展覧会のアイデアです。
目のまえの影を通して、みる人の心のなかにイマジネーションを生むことそのものが、川口さんの「シルエット・オブジェ」作品なのでしょう。
シルエットを照らす本当の光源は「自分自身なんじゃないかな」と川口さんはいいます。あなたから発する光を浴びて「シルエット・オブジェ」はどんな幻影を浮かびあがらせてくれるのでしょうか。夢や幻想は、つねに現実とひとしくあなたの一部なのです。
川口 喜久雄(カワグチ キクオ)/造形作家
1953年生まれ。神奈川県小田原市出身。“美学校”を出てから、TV・CM美術造型、博物館用模型製作に従事する。その後、立体的な影のアートを「シルエット・オブジェ」と名づけ制作。スタジオジブリの依頼により、「ジブリ・シルエットオブジェ」として、「ネコバス」「自転車」(トトロ関連)・「ロボット兵」(ラピュタ関連)など、現在5種類のオブジェがジブリ美術館ショップにて、展示販売されている。
HP :http://neji.com/kikuo/
●作品取扱店●
「三鷹の森ジブリ美術館」ショップ 〜“ジブリ・シルエットオブジェ”
>> http://www.ghibli-museum.jp/index.html
「古今東西雑貨店 イリアス」
>> http://www.big-o.co.jp/irias/
〒110-0001 東京都台東区谷中2-9-12 川田ビル1F-B
TEL&FAX:03-3827-2722 営業時間:11:00〜19:00 定休日:水曜日
JR/京成電鉄「日暮里駅」より徒歩12分
東京メトロ千代田線「千駄木駅」より徒歩3分
※百数十種類のシルエット・オブジェを御覧頂けます。
STAFF NO.4
谷 はるか(タニ ハルカ)/ライター
児童書・実用書の出版社から、流行もの系の雑誌社を経て、新聞社の編集部に勤務。現在はフリーライターとして雑誌、新聞、webなどで活動中です。流行もの、面白グッズ、絵本、おもちゃなどが守備範囲。「お!」または「お?」なものを探すことが得意です。
http://blog.livedoor.jp/halcon865/
STAFF NO.5
尾鷲 陽介(オワシ ヨースケ)/カメラマン
1977年生まれ。北海道名寄市出身。
美大で工業デザインを勉強後、スタジオ勤務を経て
フリーで自由に活動しています。
http://e123.sunnyday.jp